インターナショナル タイダンス アカデミー(タイ舞踊の歴史)

コーンではなぜラーマキエン物語だけが演じられるのだろうか。その理由は、コーンはラコーン・ナイ(宮内劇)として宮廷内のみで演じることを許された3種類の演目の一つで、しかも最も重要な劇であったからである。コーンの上演は大きな戦争の時に限られており、それに最もふさわしい演目はラーマキエンを除いてはなかった。ただし、時代と状況によっては他の演目がコーンとして演じられることもあったようだ。
ラーマキエン物語にはタイ版、ジャワ版、インド版など多くのバージョンがある。中でもインドの場合は、何千年も昔から民衆の間で、ラーマーヤナ物語を読んだり、聞いたりすれば罪業が洗い流され、望みもかない、長寿が約束されて、死後も天界へ行けると信じられていた。ラーマーヤナはプラ・ラーム(ラーム王子)の物語である。物語の概要は、ある時、ウィシュヌ神が神々と人間を苦しめる夜叉を退治するために人間のプラ・ラームに変身して降臨されるというものである。インドの民衆はプラ・ラームをウィシュヌ神の化身として崇めるだけでなく、英雄、大徳を有する国王、両親に高い忠誠心を有する者、親族に深い慈悲を示す者、妻シーダーへの愛を守る夫、天界を統治する神々に平安をもたらした偉大な正法王として賞賛した。このラーマの栄光の物語は、インド人の間でもてはやされ、サンスクリット語とヒンディー語の世界で広まった。インド文明がインドシナ半島部のインドネシア、フィリピン、タイといった東南アジア諸国にまで伝播すると、インドの文化、文学、演劇がタイにも流れ込んできた。

タイ版のラーマキエンには4種が知られていて、そのすべてが韻文である。

1.トンブリー王本:宮廷内の舞台で演じる台本の一部を国王自らが執筆した。

2.ラーマ1世本:最後までそろった完全版で、読んで理解できる目的で書かれた。

3.ラーマ2世本:全編中、宮内劇として上演可能な部分、たとえばハヌマーンが指輪をナーンローンに献上した部分などをコーンの台本にまとめた。

4.ラーマ6世本:舞台劇としてふさわしく、かつ限られた時間内に上演が終わることを念頭にラーマ2世本に手を加えたもの。また、本来は歌詞(ボット・ローン)だった部分を台詞(ボット・パーク)に直し、時間節約のために語り(チェーラチャー)を入れた。ただし、美しい響きを持つ表現はそのまま残した。そのほか、本来のインドのラーマーヤナ物語の進行に沿った形で物語を再編する意図もあった。

ラーマキエンは、アヨータヤー国のプラ・ラーム王、弟のプラ・ラック、従者の猿将側の軍団が、夜叉の親族で固めたロンカー国王トッサカン軍団に戦いを挑んだ物語である。戦争の原因は、トッサカンがプラ・ラームの妻シーダーを自分の妻にしようと誘拐し、ロンカー国に幽閉したからである。プラ・ラームとプラ・ラックはこれを追跡する中で、2人の猿将(キートキン国のスクリープとチョムプー国のマハーチョムプー)を家来とし、2つの国から出陣した。やがて海峡を結ぶ道路を建設してロンカー国に攻め入り、陣地を構築してトッサカン軍と何度も戦闘を交えた。一進一退の厳しい戦いの後、最後は不正義の軍は正義の軍に敗北した。まさに善業善果、悪業悪果をよく表現した最高の文学作品といえる。